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E-Conception.org「アロマの部屋」:福島麻紀子のエッセイ/双子育児日記「ダブル・トラブル」


産まれました



おかげさまで、7月20日、女の子が二人、産まれてきました。


名前は、KAREN(花連)と LISA(理咲)。前にも書いたように妊娠4ヶ月の時点で、ポッと入ってきた名前です。どちらも英語圏でも、デンマークでも、使われる名前だし、日本語としてもまあイケますよね。

もう書きたいことが山のようにあるんですが、やっぱり身体がなかなか言うことを聞いてくれません。なにしろ、2人分のおっぱいを製造している関係で、いつも眠くて授乳が終わるとバタンキューなんです(^^;)。授乳がこんなに疲れるものだとは知りませんでした。おかげで妊娠中に合計18キロも体重増加したのに、出産後2週間でアっという間に元に戻っちゃいました。

まあ、急ぐ必要がある課題でもないので、授乳の合間の端切れ時間を使いながら、少しずつ書き溜めていこうかなと思います。そういうわけで、ちょっと支離滅裂な内容になるかもしれませんが、ご容赦をば。


写真できました。
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カレン
リサ
顔の部品はソックリだけど、親にはちゃんと見分けがつくもんですね。





いきなりでナンですけど、もーめっちゃくちゃカワイイです。「これは単なる親バカではない、鑑賞作品として客観的に見てもカワイイのだ」と、思わず理性がぶっとんでしまう可愛さ(^^;)。

もっとも「我が子」とか「親としての責任」とか「母性愛」なんてものは、あんまり実感ないんですけど。ただ、なんつーかな、「天から授かったものだから(あるいは、彼らの魂が私たち夫婦を選んでやってきたのかもしれないし)、一人立ちしていけるようなるまで面倒みるのが当然」という感覚があって、「自分の子供」みたいな所有格的な感じとか、「分身」的な実感って今のところ味わっていません。実際、あんまり自分に似ているわけでもなくて、どっちかというとガイジンの子みたいなルックスですし。

それと、「赤ちゃん」っていう感じも全然しないんですよね。二人いるせいもあるのでしょうが、一人一人それぞれに独特のパーソナリティ、表現、表情、特徴があることを日々目の当たりにするので、「2つの人格と付き合ってる」ってな感じがします。形状はミニチュアではあるけど、彼女らは確かに我々とはまた別個の人格・魂をもった人間なんだなあ、という手応えがある。まあ、「赤ちゃん」という言葉の定義には即した状態なんでしょうが、私にはどうも「赤ちゃん」という言葉で彼女らを表現することは、なにか不自然な気がしてなりません。せいぜい妥協して、「子供たち」くらいでしょうか。

ちなみにお産は結構大変だったみたいです。「みたい」って、まるで他人事みたいですが(^^;)、初めてのことだし、本番最中はとにかくひたすら必死だったものですから、安産だったんだかなんだかよく分からないんですよね。ずっと意識はありましたけど、痛みとコープすることだけでエネルギー使い果たしていますし、その上、麻酔類の影響もあったし。あとで立ち会った夫に一部始終をきいて、「へー、そうだったの」と。あとから聞いてみると、自分が意識・認識していたことなんて、ものの3分の1にも満たないんですよ。

最初はのんきに「アロマ実験だ〜」とか言いながら自然分娩で臨んだのですが、途中とんだハプニングが連発し、最終的に緊急帝王切開へと、まるで展開の早いドラマのようでした。一時は母体か子供か、どっちかが死ぬかもしれない状態だったそうです。
そういや、子供の産声を聴いた瞬間、もう本当に世界じゅう全て、この子たちを迎え入れてくれたこの世に感謝したい気持ちでいっぱいになったのですが、あれは自己陶酔だけじゃなく、実際にそういう状態だったんでしょうねえ、きっと。

詳しいことは、あとで「出産ドキュメント」としてご紹介しようと思います。

    こんなものに興味のある方は少ないかもしれませんし、かなり血みどろのドキュメントになりそうですが、私自身が出産前にこういう生の情報が欲しかったので、あえて書いてみたいなと思っています。雑誌や妊娠関連本で出会う出産経験談は、感情主体で美しく語られている場合が多いので、もっとリアルに、どの時点でどんな事態が発生して、どんな対処をしていったのかを主観を含め、客観的に伝えられるようなものにしたいです。


まあ、なにはともあれ、子供たちが元気に出てきてくれてよかったです。2700グラムずつ(10g違い)ですから、双子のわりには大きい方ですし、おっぱいの飲みっぷりも元気で問題なし。幸い、私の出産後の経過もよくて、出産8時間後からチューブ類をはずして歩き回り、病院規定の6泊したところで退院してきちゃいました。家に帰ってきてからのほうが、ある意味では大変なんでしょうが、ウチの場合は夫のラースがなにくれとなくやってくれるので、かえってストレスや余計な気兼ねがいらない分、精神的に楽です。その分、ラースが疲れ果てていますけど(^^;)。






待ちぼうけの1ヶ月

「双子だから、ふつうは1ヶ月くらい早く出てくる」とか「もっと早く出てきて未熟児になるかもしれない」とか聞かされていたものですから、もう本来の予定日(7月22日)の2ヶ月も前から覚悟を決めて、アロマ通販の緊急体制を整えたり、出産用アロマ実験のオイルを作るなど、準備をはじめていました。

ところが、待てど暮らせど出てこない。お医者さんの言う予定日(7月1日)になっても出てこない。38週めの時点で、主治医に「いやあ、困ったなあ、来週からホリデーなんだよなあ。もっと早く出てくると思っていたんだけど」と溜め息交じりに告白されました。この時、すでに子宮口は2センチ開いていて、「いつ始まってもおかしくない」状態だというんですけど。

この頃から少量の出血が続いていて、時に生理痛のようなものが去来したりもして、本当に今にも陣痛が始まりそうな雰囲気でした。デカイお腹には慣れたものの、もう精神的に待ちくたびれてしまって、「いい加減、出てこい!」という気持ちと、「そんなに気持ちがいいなら、気がすむまでそこにいたら?」という諦めの境地との両方が交互にやってくるのでした。

主治医のホリデー中に出てくるんじゃないかということで、代理のお医者さんのところに出向くと、その日の夜に、いわゆる「しるし」がありました。血の混じった細長いベトベトしたカスが15センチほど、あそこからぶら下がって出てきたんです。農家の息子である夫に見せると、「おお、これは牛のお産と一緒だ、あと24時間以内に陣痛がはじまるよ」といわれ、大いに期待は膨らみました。ところが、これまた、空振り。

39週めにホリデー帰りの主治医に会いにいくと「You are still here!」(←このセリフは皆から耳タコになるくらい言われました)と驚かれました(おいおい、あんたは主治医だろっての)。で、40週め(つまり、本来の予定日)に突入する前に陣痛促進剤を使って出したほうがいいだろう、と提案されました。すでに子宮口は開いているので母体の準備は出来ている、あとは子供たちの意志次第なのだが、このまま放置しておくと、3キロ×2人分の仕事をしている胎盤がもつかどうかが心配だというわけです。「朝に促進剤を打ったら、午後には赤ちゃんを抱けるよ」と、とっても簡単そうなハナシです。そこで、20日をタイムリミットとして、この日に陣痛促進をする予約を病院に入れました。

陣痛促進剤に関して、私はかなり否定的なイメージを持っていました。一昔前、日本の病院でやみくもに使われたために、弊害が起きたという話も聞いていたし、それより子供たちの「生まれてくる意志、時期の選択」を無視するようで、そこが気になっていたんです。
お産がはじまるのは、子供の頭からホルモンが出てきて、それが母体に流れ込むことによって陣痛が起こるというのが定説らしく、つまり、お産のタイミングを決めるのは子供のほうらしいんですね。さらに、これは個人的な思想にすぎないんですが、ひとが産まれるタイミングとそのひとの運命には、なんらかの関わりがあるような気がしているので(だから占星術なんてのがあるんだろう)、それを人工的にいじってしまうことに躊躇いを感じてしまうんです。

一方、陣痛促進剤を使って生まれてきた夫は「それも運命のうち」と割り切っていて、母子ともに健康にお産ができるなら、それもひとつの方法だと言います。それもそうかなあと思うけど、うーん。「なんとかタイムリミット前に自分らの意志で出てきてくれないかなあ」と祈るような気持ちでした。

結果的には、タイムリミットの1日前から陣痛がはじまり、ちょうど陣痛促進お産の予約を入れた日に生まれてきたわけで、「どっちにしても、やっぱりそういう運命だったんかなあ」と思ってしまいました。


〜 出産ドキュメント 〜

19日朝7時頃、陣痛で目覚める。明日までに出てこなければ、陣痛促進剤を打つことにしていたから、タイムリミット直前になって自力で出て来ることにしたらしい。なにかの状況に似ているなあと思ったら、「試験直前になって慌ててやる一夜漬け」じゃないか。

朝から15分に1回の軽い陣痛(重めの生理痛のような感じ)が1日じゅう続く。生理のような出血。アロマバスにつかると、痛みもほとんど和らいでしまう。この程度の痛みならば楽勝だ!と、のんきに構える。夫とレンタルビデオを見たりして夕方までのんびり過す。

午後6時頃、陣痛間隔が10分に1回になったので、いちおう病院に電話してみる。「できたらもう少し自宅で過したいんですけど、ただ1点気になるのが、出血なんです」というと、「すぐ病院に来て」と言われる。慌てて入院用の荷物の準備、ホームページへの告知、関係者へのメール発信など、仕事を済ませる。

7時半頃:病院入り。
ミッドワイフ(助産婦さん兼看護婦さん)出血のついたパッドを見せると、「破水しているわね」とのこと。たぶん、昨夜寝ている間に破水していたのだろう。ということは、すでに破水してから12時間以上経過していることになる。できるだけ早く胎児を出してやらねばならない。

    「なぜ破水に気付かなかったのか?」
    実は私も「破水していたのに気付かなくって」という出産経験者の話を以前に聞いていて、「なんで水が出てくるのに気付かないんだろう?」と不思議でした。が、破水といっても、洪水のようにドバッと出てくるばかりではないのですね(そういうケースもあるそうだが)。私の場合は、カレンが子宮口にしっかり固定していたので、ドバッではなく、チョロチョロと出てきていたみたいです。それに、ずっと前から少量の出血があったものですから、その血に羊水が混じって出てきていたので、「出血量が増えた」としか思わなかったわけです。さらに、生理用パッドをあてていたので、どれくらいの量が出ているのか、よく分からなかったんですね。
1時間ほど病院内を歩いたりして様子をみるが、陣痛は少しずつ強くなってくる程度。

9時頃:ミッドワイフの判断で、陣痛促進剤を打つことに。これが驚異的に私には効いてしまい、あっという間にひっきりなしに強烈な陣痛が来るようになる。こうなると、もうアロマ実験どころではない。陣痛の合間に「そこにあるNO3ー1のオイルを持ってきて」と夫に指示するのだが、夫が目的のモノを探しあてる前に、次の陣痛が来てしまうのだ。陣痛の間は夫に腰を強く押していてもらうとだいぶ楽になった。

陣痛は遠慮なくすごい勢いで襲ってくる。この痛みとコープするために、いろいろトライしてみるが、発声練習のようにロングトーンで声を出していると、これに気が向いて痛みが凌ぎやすいことに気が付く。それでも、コープしきれなくなりそうな勢いだったので、ミッドワイフに「エピュデュラル(脊髄に直接いれる下半身麻酔)」を打ってもらうよう依頼する。最初から主治医も「双子にはエピデュラル」と決めていたので、いずれ打つなら今から打ったほうが鎮痛効果が出やすいのではないかと思ったのだ。

麻酔担当のミッドワイフがやってくるまでの間に、これまた陣痛は盛り上がってしまい、エピデュラルをいれる頃には大変なことになっていた。脊髄に直接チューブを差し込むから、動くなというのだが、陣痛が来ている最中に動くなと言われてもちょっと大変なのである。しかし、下手したら下半身不随にもなりかねないので、必死にこらえる、夫は必死に私を抑える。

ところが、ここで不幸なことに、麻酔担当のミッドワイフは失敗してしまったようだ。管を脊髄に届ける間に、血管にぶつけてしまい、出血しだしたのだ。これで、せっかく入れた麻酔が下半身に留まらず、血液を介して体内全体にめぐるハメになってしまい、全然効かないことに。そこで、別の入り口からもう1本の管を入れてみるが、これは正しい場所ではないので、ほとんど痛み止めにはならなかった。

つまり、鎮痛剤なしのまま、陣痛促進だけが不自然に急進行しているという最悪の状況にいたる。ミッドワイフたちは、ほとんど1分おきくらいに私の体温と血圧をチェックしては、「こりゃ大変だ」というムードを醸し出している。最初は2人だけだったミッドワイフがいつのまにか8人にも膨れ上がり、壁ぎわで不安げな顔でミッドワイフ同志が専門用語を羅列させながら話し合っているという。夫はどんどん不安になって、そのミッドワイフの会話に差し入り「率直に言って、どのくらい悪いんだ?」と聞くと、「実は、かなりよくない」という返事が返ってきたという。

私の血圧上昇具合は尋常ではなく、このままではショック死しかねないという。かといって、血圧を落とす薬を入れれば、それによって第1子(カレン)が死ぬ可能性が高いという。とにかく、このままでは危ないということで、一度、陣痛促進剤の投入を中止することになった。

午前2時:再度、ミッドワイフが血圧を測定し、子宮口の開き具合を内診。この時点で、まだ子宮開口4センチのみ。もともと2センチは2週間前から開いていたのだから、これだけ陣痛促進剤を打って苦しんで、それでたったの2センチしか開いたことにならない。私は「絶対になにかがおかしい」と直観した。今までは「痛いけど、これを乗り越えれば子供たちに会える」と思ってひたすら頑張ってきたけど、この方向性はなにか間違っている、と思った。なにしろ尋常な痛みではない。

これも後から聞いた話だが、この時の内診で、第1子がストレスで汚物を出していて、羊水が濁っていることが分かったそうだ。そこで、緊急に主治医が呼ばれることになった。(主治医は出産=第二ステージから立ち会うのがふつうです)

さて、激しい陣痛に襲われている私としては、主治医が登場するまでの間、どうやって痛みをしのぐか?という当面の問題がある。麻酔は相変わらず全然効かないし。そこで思い付いたのが、ガス。病院を事前視察した折に、各分娩室にガスが備わっていることを確認していた。「ちょっと、そこにガスがあるでしょ? それ、ちょーだい!」と叫び、ガスマスクに吸い付いた。

ふつうは、痛みを和らげる方法として、ガス<パセデイン<エピデュラルの順に効くと言われているのだが、このガスが私にはとても効果的だった。ガスの効果そのものは大したもんではなく、痛みの度合いとしては今までとさして変わりがないのだが、ガスのせいで頭がどんよりしてくるので、イメージングをするのにピッタリだったのだ。陣痛のヤマバがやってきた時に、今まで妊娠中に何度もイメージしてきた画像(=我が家で子供たちと遊んでいる幸せな家族4人の図)を思い浮かべることが出来るのだ。そこで「この子たちは生まれてこなければならない」と強く確信できて、痛みに耐えられるというわけ。痛くて死にそうなのに、頭のどこかで「痛みというのは、精神的な問題が本当に大きいのだなあ」と、感心していたりする。

幸い、主治医は15分ほどで登場した。すぐに状況を説明してくれた。「第一子の羊水が濁っているため、胎児が苦しんでいること」「第一子を緊急に出す必要があること」「ここまで陣痛促進して子宮口4センチという実状からして、自然分娩では遅すぎるかもしれないこと」「よって、帝王切開を勧める」こと。が、痛みとガスで朦朧としている私には、もうよく理解できない。この説明をきいた夫から「Karen is in pain」と聞いてすぐに、「それじゃ、すぐ切って!」と依頼した。

すぐに手術室に運ばれた。この間、私は大きな声でいろいろしゃべっていたらしい。しかも、恥ずかしいことに英語で。何をしゃべっていたのか覚えていないけど、ガスのせいで完全に酔っ払い&ハイ状態になっていたようだ。

それまでちっとも効かなかったエピデュラルだが、この期に及んでようやく正しいスポットに麻酔を注入することが出来たらしく、少しは効いてきた。それでも、帝王切開の最中はかなり痛んだ。まあ、陣痛よりはずっとマシだったが。

帝王切開というのは、下腹部のかなり下の部分を横に10センチくらい切って、執刀医が子宮内に手を突っ込んで、押しながら子供たちをたぐりよせ、ひっぱりあげる、といった感じらしい。進捗状況を頭の上にいる看護婦さんがイチイチ報告してくれるのがありがたかった。私の前には布の幕が張られていたから、その様子は見えなかったが、お腹をズンズンと押している様子はしっかり感じられた。夫が写真をとっておいてくれたので、「あの感触はこういうことだったのか」と、あとで見て納得した。

これも後から聞いた話だが、自然分娩であれだけ苦しんだのは、子宮口に固定されたカレンの頭の位置が異常だったせいらしい。vortexといって、顔が後ろ向きであるべきところ、前を向いていたために、産道に出られず苦しんでいたという。なぜ事前に分からなかったのか?と、今でも疑問なのだが(子宮口に児頭が固定してからも超音波検診をしているのだし)、帝王切開してみて初めて分かったらしい。

午前4時前。まず、子宮の下部分にいた第一子(カレン)登場。かなりのストレスを感じていたらしく、出てくるやいなや、オギャアと大きな声で叫んだ。すぐに看護婦さんが血みどろのままのカレンを見せてくれたが、情けないことにメガネを分娩室に置いてきてしまっていたので、よく見えなかった。

その2分後に、カレンの上に横たわっていた第二子(リサ)登場。リサはほとんどストレスも痛みも苦労もなく出てきちゃったので、泣きも叫びもしなかった。でも、生まれた直後に赤ん坊の健康度合を測る「アパガー値」は、二人とも同じ「1分後:9、5分後:10」ということで、状態は良好だったようだ。

二人とも無事に出てきたことを確認すると、なんだかしらんが、涙が流れてきた。最初から最後まで、私のそばでマッサージしたり、励ましたり、医師や看護婦の話を翻訳してくれたり、手をしっかり握ったりしてくれていたラースは、開口一番、「I owe you hell a lot of nappy changings」と言った。

最後にドデカイ胎盤をゆっくり取り出す作業が行われた。左から右へとノコギリで切り落としているかのような異様な感触。子供たちが出てくる時間よりも、この時間が最も長く感じられた。手術そのものは30分ほどで済んでしまったのではないだろうか?
すべてが終わると、この手術に立ち会ってくれた人たちに、ものすごく感謝したい気分になって、イチイチ「どうもありがとう」と一人一人に大きな声でお礼を言っていた。そして、この二人の子供たちを受け入れてくれた「この世」にも感謝したい気持ちでいっぱいだった。

帝王切開というと人工的なイメージがあって、あまり乗り気でなかったのだが、緊急事態になったことを契機に体験してみて、よかったなと思う。なにより子供たちにストレスをかけずに済むというのがいいし、母体への負担も大したことではなかった。2年前に卵巣腫瘍摘出手術を受けている私としては、あの時とほとんど同じような感覚で、同じような経過を辿っているので、特に産後が「馴染める感覚」だったのだ。

もし次回またお産するとしたら、まったく異常がなければ自然分娩に再度トライしたいけど、なにか少しでも障害がありそうならば迷わず帝王切開を選択するだろうなあ。

手術後は、集中回復室へ運ばれ、そこで1時間ほど過した。その後、病室に運ばれるが、この夜は満月前後だったせいか、病室がいっぱいで、ツインルームにとりあえず入れられた。すぐに子供たちが運ばれてきて、横になったまま、はじめての授乳をした。


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2000年08月09日:福島麻紀子


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