E-Conception 育児エッセイ(13)
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E-Conception.org「アロマの部屋」:福島麻紀子のエッセイ/双子育児日記「ダブル・トラブル」

ダブル・トラブル?! 
−育児日記シリーズ−


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おうちにブランコが来ました



7月に2歳を迎えたカレンとリサ。お誕生日には近所のおにいさん、おねえさんが沢山来てくれました(目的はケーキだったりして)。ダディがデンマークの伝統的なバースデーケーキ「ケーキマン」を焼いてくれて、キャンドル2本立てました。お隣のおばさんからはプレゼントにノートと鉛筆をもらいました。そう、このところ二人はお絵描きに夢中なのです。

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落書きクイーン
自由に遊ぶって大事なことだよね


我が家で一番広くていいお部屋は、カレンとリサの遊び場と化しております。ここだけは子供たちが成長するまで改装作業しないつもり。もう好きなように遊んでいただくつもりでいました。案の定、壁から床から落書きだらけ。スケッチブックを買い与えても、1日でめいっぱい描き終えてしまうし、紙面に限界があるのがいまひとつ面白くないのでしょう。

壁はそのうちペンキ塗りすればいいやってことで諦めて放置していますが、床は乾いた布やティッシュで簡単に拭き取れます。子供たちも落書きしたあとは、自分たちでお掃除。と思いきや、またクレヨンで落書き。お掃除するのが楽しくて、落書きしているよーな気もするんですけど。




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ダディが砂場,作ってくれたよ
遊び部屋の隣には、テラスがあって、そこにダディが砂場を作ってくれました。デンマークでは「子供に砂場は必須」なのだそーで。かわいくお城でも作って遊んでくれりゃいいのですが、また砂にダイブしたり、頭から砂のひっかけっこしたり、砂持って部屋に入ってきては撒き散らしたりで、あ〜あ、お掃除が大変なのよね。

ブランコも好きですね〜。子供ってみんなブランコ好きらしいですけど、ウチのは3時間くらい連続でやるんです。それも一人じゃこげないから「押せ〜、押せ〜」と号令がかかる。それも思いっきり力強く押さないと納得しないのです。いやあ、正直いってブランコ押すだけの人生って、退屈ですよ。いくらカワイイって言ってもねえ。ダディが自宅用ブランコ(これが1万円もしないで買えるの)をテラスに設置してくれたので、ブランコそのものが「ハレ」度を失ったのか、しつこく3時間も継続することはなくなりましたが。

精神的にも成長してきたので、大人と一緒に楽しめることも前よりは増えてきましたが、それでも子供の相手って退屈ですわ。絵本を指差しては「これはスプー」「これはアンパンマン」と一日何度も同じ解説を繰り返さなきゃならないんだもん。そのうち、いくつかは「これを指したら歌がはじまることになっている」ものがありまして、たとえばチューリップの絵を指したら、「さいた、さいた、チューリップの花が〜♪」と歌わせられるのです。何度も何度も繰り返し。もう奴隷の気分(^^;)。不良母は眠ったフリして誤魔化しているうちに、ホントにお昼寝してしまうのでした。

おかげでダディも十八番の歌は覚えちゃったんですが、「サイタ、サイタ、チューリップノハナゲ」と歌うんですよ。はぁ・・・。




子供にとってはやりたいことを自由にやるってことが大事なんだろうな、と思うので、「あれやっちゃダメ、これやっちゃダメ」ということは極力言わないようにしています。大人から見たらおかしなこと、はちゃめちゃなことでも、成長過程で実行する必要があるんじゃないかと感じるんですね。ただ、一緒に暮らしている人間として「それやってもらったら困る」ということは、そのようにお伝えします。理由はなくても、「それはマミィがイヤなの」ということで。「あなたがそれやることで、イヤな気持ちがする人がいる」ってことを知っていただきたいと。

たとえば、二人のケンカですが、これはもう、原則的には大人は手も口も出しません。が、髪の毛の引っ張り合いと、齧り合いだけはダメ。取っ組み合いにも最低限のルールがあるように、「禁じ手」は大人が設定しなきゃいけないと思うんですね。どうして、髪の毛引っ張るのと齧るのだけはダメかというと、私もラースも、それ見るのがイヤだからです。深い意味はないんですけど、なんだか野生動物みたいでイヤなんです。一時は「禁じ手」が頻発することがありましたが、「それだけはやめてくれ」とお願いしたら、次第にやらなくなりました。





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食いっぷりのいいカレンちゃん
「お食事」してます


ついこないだまでハイチェアに座って食べるか、時には野生児のように立ち食いしていた二人ですが、最近なぜか大人と同じように食べたがるようになりました。大人と一緒に食卓について、大人と同じ椅子に座り、大人と同じお皿とフォークで、大人と同じものが同じように食べたいんです。お水も大人と同じコップを使って、大人と同じボトルから出てきたお水が飲みたい。大きなお肉を切ってもらうのもダメで、大きなまんま、もらいたい。
もちろん、お水をこぼしちゃったり、ごはん粒が床に落ちちゃったり、お粗相はするんですが、とにかく「赤ちゃん用」ってのを徹底して拒否します。ハイチェアもノー、よだれかけもノー、スプーンもノー。一人前になりたいんですね。

大人用の椅子ではテーブルが高すぎるわけですが、背筋をピンと伸ばせば立派にお食事できます。それでも高さが足りないときは、どこで覚えてきたのか椅子の上にちょこんと正座して食べてます。リサなんか、まるで喫茶店で彼氏と待ち合わせしているレディーのような風格を漂わせています。
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おしゃまなリサちゃん


個人的には、この「大人と一緒に食卓でお食事する」ようになった転機は、今までの成長過程のなかで最も「成長したなあ」って感心させられました。ハイハイするようになったとか、歩けるようになったとか、そういう転機にはあんまり感慨なかったんですけど。一人前にお食事している二人を見ていると「大人になったなあ」とついつい母はうれしくなってしまいます。別に「大人と一緒に食事ができること」がうれしいわけじゃなくて、「独立したいという意志」を強く表現するようになったことが、精神的に大きなステップになっているような気がするのでしょう。




よく子供の好きキライを心配して食べさせるために苦労するという話がありますが、ウチは全然気にしてません。好きキライがないわけではないのでしょうが、好きキライがそのタイミングによってコロコロ変わるんですね。昨日は吐き出していたトマトを今日はパクパク食べていたり、いつもは平気で食べてるニンジンを今日は拒否したり。こちらがいちいち「このコはニンジン食べない」とか気にしててもスカシを食らうだけなので、私らはまったく無視。食べたいものを食べたい量だけ食べていただくことにしています。

私たち大人だって「今日は生野菜バリバリ食べたい気分」とか「甘いもんばっか欲しい気分」ってあるじゃないですか。体が必要なものを欲しているわけだし、ましてや子供は自然の摂理に従う天才だと思うので、彼らの判断に任せておいたほうが、結局はバランスのよい食生活になると思うんです。その代わり、広範な選択肢から自分たちが必要なものを選び取れるように、食材のバラエティは豊富にしておきたいもの。毎日がんばってお料理に凝らなくてもいいけど、1週間トータルでみたらバランス取れてるんじゃないかな?っていうセンを目安にしています。

自分の経験から思うことなのですが、どうも食べ物の好き嫌いというのは、最初からキライなものがあったわけではなく、途中から外野の影響で心理的にキライにさせられていった、という場合が多いような気がするんです。「このコはニンジンがキライだから」と親が意識して、「ほら、ニンジン食べなさい」と無理強いさせられた不快な思い出が積み重なって、余計ニンジン嫌いなコが育つんじゃないでしょうか。もちろん、親はよかれと思って努力しているわけですけど、それが廻りまわって悪影響になっていることもあるのかもしれません。

また、「ウチのコは○○がキライ」でも大勢的にはまずオッケーなんですよ。これは、オーストラリアに移住してきて気付いたことなんですが。ご存知のとおり、国や文化の違いは食生活にも表れます。スーパーに行けば日本では見かけないような不気味な野菜がボコボコ積まれていたりします。そんな馴染みのない野菜も、ある国のある文化では、とても基本的な食べ物だったりします。

たとえば、夫の国デンマークでは「ビートルート(赤カブ)」が重要なビタミン源で、伝統的には一日3食必ずといっていいほど頻繁に食卓に登場します。これが食べられなかったら昔の北欧ではビタミン不足になってしまったでしょうから、子供に強制してでも食べさせようと思う親心もわかります。一方、私たち日本人にとってはビートルートなんて見たこともない存在でしょう? そんなもん食べられなくたって構わないじゃないですか、ねぇ。

この話の「ビートルート」の部分を「しいたけ」とか「大根」とかに置き換えてみてください。世界を見渡せば、しいたけや大根が存在しない国は沢山あります。ここブリスベン郊外でも入手するには一苦労です。私は自分が食べたいから万策尽くして入手しますけど。

今時は世界中のいろんな食べ物が比較的容易に入手できるようになりましたし、食材バラエティが増えるほどに「これがなきゃ栄養不足になる」というほど致命的な食べ物はなくなりました。ニンジンが嫌いでもビートルートが大好きだったら、そんなに心配いらないでしょう。だから子供の好き嫌いには目くじらたてず、そっとしておいてあげたらいいんじゃないのかな?って私は思うのでした。







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遊んでもらってます
みんなの人気者


ブリスベンに引越してきたら、お友達ができました。シドニーはやっぱり都会で、近所付き合いってものがほとんどなかったのですが、ここはいい意味で田舎なので、明るく楽しい近所付き合いが健在です。昔ながらの下町のように、夕飯のおかずを持ってきてくれたり、忙しいときには子供たちを預けあったり、芝刈り好きなおじちゃんが近所の庭の芝刈りをしてくれるようなことがよくあります。

おかげで近所の子供たちがウチにも出入りするようになりました。冒頭にも書いたとおり、2歳のバースデーパーティーは(参加人数だけは)盛大なものでしたし、週末になると大勢の子供たちが私のパソコン脇でトンボ返りしています(^^;)。おにいさん、おねえさんたちは、リサとカレンをとても可愛がってくれて、子供にしては感心するほど面倒見がいいです。「リサがわたしの妹だったらいいのに〜」とか「カレンもらっていってもいい?」とか言ってます。

そろそろチャイルドケアセンター(保育園)に入れたいなあと思ってはいたのですが、なにしろ双子なので、二人分イッキに空きが出ることが滅多にないとかで、いまだにウェイティング状態。同じ年頃の子供たちと交流する場があったほうがいいだろうと考えていたのですが、これだけ近所の子供たちが遊んでくれるなら、このままでもいっかって気がしています。放っておいても、二人で楽しそうに遊んでいるし。





カレン&リサ語、健在


ところで、言葉はどうなったか?というと、いまだに日本語らしい日本語はしゃべりません。日本語らしいワードとしては、「あったー!」と「あか」と「あお」と「きいろ」と「わんわん」くらいでしょうか。通訳が必要なものとしては、「めんめ(目)」と「みんみ(耳)」と「あなな(鼻)」ってのがあります(^^;)。英語のほうはもっと寂しくて、「バーイ」くらいですね。デンマーク語のワードもしゃべっているそうですが(私には分からない)、意味はなしていないようです。

でも、よくしゃべるんだ。朝から晩まで、大人に向ってもしゃべるし、独り言も言うし、相方ともしゃべる。特に、リサとカレンがお互いにおしゃべりしている現場に居合わせると、なかなか強烈なインパクトがあります。明らかにお互いの言葉を理解しあっているんだわ。リサがカレンに「くらくちゅぷばー」と言うと、カレンはたったと走っていって、リサが指示したおもちゃを探し出してくる。
長いこと二人でディスカッションしていることもあって、こういう時は私らのほうが言葉を知らない異邦人になったような不思議な、不安な気分になります。まるで初めて海外旅行に行ったら、現地の人に取り囲まれて、自分の廻りで自分が知らない現地語でなにか相談しているような感じ。「英語、勉強しなきゃ」と思わず焦っちゃうのですが、リサ&カレン語は辞書もないし。

双子の間ではまったく独自の言語が発達するそうで、これは母国語を操るようになっても双子語は継続使用される、という話も聞きます。ホントなんでしょうか。いやあ、興味深いと同時に、かなり不気味です(^^;)。

言葉はじめは、双子だと遅い(双子語で代用されるから)し、使用言語が多いほど遅いというから、ウチはきっと3歳くらいまでこんな調子なんだろうなー、とのんきに構えてます。なんつっても意志表示は上手なので、言葉がなくても意志が通じちゃうんですよね。意志が通じるんなら、言葉必要ないもんなあ。





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チャーミングに人を魅了するカレン
それぞれの特徴を生かして


もう以前から再三言ってることですが「見た目はそっくりなのに、どうしてこんなに性格が違うんでしょ?」と母はいつも感心します。私たち親としては、まったく同じように接しているつもりなのに。「人間って生まれもっての性格・特徴ってもんがあるんだよ」という確信は時間をおうごとに強まっています。親の育て方のせいになんかするのは、かえっておこがましいのでは?と。

二人を見ているとそう考えざるをえなくなるんです。人は勝手に育っていくもんなんだよ、と。だいたい、私みたいな中途ハンパな人間が「他人を育てる」なんてのがおこがましい。なので、「しつけ」や「教育」に一生懸命になるより、ただただ、この子たちをありのままに認めていようって思っています。子供(=人間)にとって一番大切なのは、「自分は愛されている」という実感ですから。「愛されている」ってことは「認められている」ってこと。「こうなってほしい」という期待をかけるのではなく、良いも悪いも判断することなく、ありのままに認めることができたら、もう親としての仕事はそれで十分なんだと思うわけです。

世の中見ていると、自分に不足しているものを子供に与えたいと願う、もっと大げさにいえば、自分の人生で満たせなかったことを子供に託そうとする親御さんが多いようです。でも、こういう子供への期待ってのは、冷静に考えると親の満たされなかったエゴ奪回計画の一端であったりしますね(^^;)。自分のなかで満たされていないものがあるなら、まずは自分自身のなかで満たすことが先決。他人(子供)で満たそうとする前に、親が自分自身をまるっぽ認めて愛せるようにならなければ、子供は幸せになれないと思います。

子供といえども、たまたまウチにやってきてくれた違う魂なんだし、クールに言えば、しょせん「他人ゴト」でしょ(^^;)。そこを親が「自分ゴト」だと勘違いしてしまうことで、悲劇が生まれるんじゃないかって。

これは私の理想なんですが、「子供にこうあってほしい」という期待を持たないでいたい。お行儀が悪かろうが、お勉強ができなかろうが、刑務所にブチ込まれようが、それは彼女たちの選択なのだし、その選択をただ暖かく見守れる懐の広い親になりたいと思います。まあ、言うは易し、なんですけどね(^^;)。
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時に見せる表情が妙に色っぽいリサ


期待をかけないと同時に、この子たちが将来どんな人間になろうとも決して私のせい、あるいは私のおかげとは考えないぞ、とも思っています。大人になるまでは親の影響受けるとしても、それを修正し向上していくのは本人次第ですから。親として最低限のこと(子供を愛し認めてあげること)さえしていたら、あとは本人の責任だと思ってます。勉強したきゃ、自分がやりたくなったときに自分の金でやったらよろし。心に悩みがあるなら、自分で内省して解消したらよろし。私という親が原因になっていることもあるかもしれないけど、私だってカンペキな人間じゃありません。カンペキな親なんていませんよ。愛情さえあったら、あとは本人次第。

別に親として責任放棄しているわけではないんですよ。逆に、自分自身の人生に責任もちたいと考えるから、こういう発想が出てくるんです。親が自分自身の人生に責任持っていれば、子供も自分自身の人生に責任持てる子に育つはずです。人生は、誰かのせいなんかじゃないんですから。すべて自分次第なんだってこと、子供にもきちんと伝えたいです。

ところで、カレンとリサですが、一体どんな大人になるんでしょうねえ。ベビーシッターのおねえさんは「カレンはアイドルで、リサはスーパーモデル」とか絢爛豪華なことを言ってくれるのですが、母としては「現代では思いもつかない、とんでもないことをしでかしてくれるかも?」と、将来については「白紙」のままにしておきたいと思います。





おまけの4コマ漫画


すみません、マミィ、完全に遊んでます。シャレでこんなもん、作っちゃいました。ひとつ笑いが取れたら光栄です(^^;)。

【ディーラー姉妹】

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今日の相場をチェック・・

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うーん、これは難しいところだなあ

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ちょっと待って、計算するから

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リサ、買いだ!


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2002年11月04日:福島


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