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E-Conception.org「アロマの部屋」:福島麻紀子のエッセイ/双子育児日記「ダブル・トラブル」

ベビーシッターさんの
オーストラリア・ワーホリ体験記


ウチの子供たちが生まれて1ヶ月後、日本から手伝いに来ていた母の帰国が迫ったところで慌ててベビーシッターさんを募集したところ、ちょうどいいタイミングでやってきてくれた、千夏さん。最初は「宿もお金もないから」でウチに転がり込むようにやってきて、「とりあえず1ヶ月やってみましょ」ではじめたんだけど、なんの因果か、延長、延長を繰り返し、結局ワーホリビザ期限ギリギリの4月までウチに居着いてしまいました。振り返ってみれば、なんと7ヶ月もの間、カレンとリサにとって、かけがえのない「おねえさん」として活躍してくれたことになります。

「住み込みでベビーシッター」なんていうと、鬱々と暗くお手伝いさんしているシンデレラのようなイメージを持たれがちで、実際彼女も周囲の人に「なんでまた、オーストラリアくんだりまできて、子供の世話と飯炊き女をやっているの?」という質問を受けたことも多々あったようです。

でも、他人からの心配をよそに、彼女のベビーシッター・ライフはとっても充実していたみたいです。だからこそ、7ヶ月も続いたのでしょう。「できることなら、まだここに居たい」と言うし。

帰国を目前にして、彼女も「私にとってのオーストラリア滞在って何だったのだろう?」と気持ちを整理したいということ、そして私としては次のベビーシッターさん探しに役立つのではないか?ということもあって、改めて女2人、過去を振り返りながら、インタビュー方々雑談してみました。

こんな形での海外滞在、ワーホリ体験もあるんだな、ということで、皆さんのご参考になれば幸いです。

※以下、ピンク枠が千夏さん、ブルー枠が私、福島の発言です。

経験なくても出来るんですよね


いやあ、しかし7ヶ月、長いようであっという間だったよね。この子たちも大きくなっちゃったし。最初は大変だったもんね。
そう、私が初めて来た頃なんか、こ~んなにちっちゃくて、壊れちゃいそうだったのに。子供の成長はホントに早いですね。
まずは、オーストラリアの育児に関わってみた感想なんかを伺いたいんですが。そういや、千夏さん、ベビーシッターって初体験だったんだよね。
そうです。前に勤めていた病院で赤ちゃんの検査をすることはありましたけど、それくらい。
でも、どうして私みたいな未経験者を雇ったんですか? これ、実はみんなから「珍しい人たちだね~」って言われるんだけど。
うん、私たちはね、最初から未経験者を選ぶつもりでいたんです。子育ては私たちにとっても初体験だから、かえってエキスパートにお願いすると、いいアドバイスはもらえる反面、親としての自信が育たないんじゃないかって考えたの。最初の3週間で、子育てで一番大事なのは「親としての自信」だと悟ったから。それに私たちだって、ついこないだまで未経験者だったのに、ちゃんとアカンボの世話しているわけだから、こんなこと誰だって出来るはずなんだよね。経験や資格よりも、やる気が大事。だから、かえって未経験者のほうが、試行錯誤しながら一緒になってやっていけて、いいんじゃないかって、ラースと話し合っていたんですね。
もっとも今はもう、自信もついたから、経験者に来ていただいてもうまくやっていけると思うんで、どっちにもこだわってないんですけど。
ふーん、たしかに、3人で一緒に試行錯誤しながらやってきたって感じですよね。
でも最初はもう、「どうしよう」ってくらい緊張しちゃって。あの子たちが生後3週間の時に、麻紀子さんのおかあさんから引継ぎしたわけだけど、寝かしつける時、背中たたくでしょ? おそるおそる軽くやさしく叩いていたら、おかあさんに「もっと強く叩いたら」って言われたの、覚えていますよ。「ちょっとやそっとや壊れないんだから、大丈夫」ってね。
そうそう、かなり強く叩かないと寝てくれないんだよね。アカンボって結構手荒い扱いが好きだったりして。
とにかく、なにもかもが初めてで、もういちいち喜んでましたよ。「うわ~、私、ミルク作れる!」とかね。何やっても新鮮で、面白くって。
よく、おむつ替えがイヤっていう人いるようだけど、千夏さんは最初からうんちでも平気だったよね。
だって、うんちだらけのお尻していたら、子供たちがかわいそうじゃないですか。そんな、キタナイだ、クサイだ、言ってられないですよね。
千夏さんに、うんちアレルギーがないのは、おうちで犬の世話とかしていたせいかもしれないですね。わんちゃんのお産の手伝いだってしていたわけだし、うんちだとか、血だとかに、もともと抵抗がないというか、「生き物の生理」として自然に受取っているような感じですよね。
でもさ、私がとっても神経質になって頑張っているのに、マミィとダディときたら、のほほ~んとしてて(^^;)。
あはは、ウチでは「おねえさん」が一番、神経質だったかもね。
私なんかもう必死で「ダミーは一日2回消毒しなきゃ」とかやってるのに、麻紀子さんときたら床に落ちたダミー、そのまま口に突っ込んじゃうし。「ああっ!」って。もう、どっちが母なんだか分かんないという(^^;)。
そうそう、子供たちバギーに乗せてお散歩にいったと思ったら、血相変えて飛んで帰ってきてさ、「大変です、リサちゃんが鼻血出してます! 病院連れていかないと!」って(^^;)。
そうそう、そしたら麻紀子さんとラース、「ああ、ほんなもん、放っときゃ大丈夫よ~」ってヘラヘラしてて(^^;)。
そういうマミィとダディのノーテンキなところには、私、ずいぶん助けられましたよ。リラックスして世話できたというか。
うん、私たちのほうが神経質だったら、ベビーシッターさんは辛いだろうね。


任せてくれたのが、うれしかったな


それと、何につけ、みんなで情報交換できたのが、よかったな。まるで3人がそれぞれにカルテ持ってるみたいに。「さっき、こんな方法で試してみたら、いいみたいなんだよ」とかって。
私たちも親としては新米だから、「これが絶対いい」っていう判断が出来なかったからね。何にしても一緒に実験しているって感じになっちゃうんだよ。こっちも不安だから、誰かに相談したいってのもあるし。だから自然と「対等」な立場でいられたんだろうね。
そう、それと私を信頼して任せてくれてるってのが、うれしかったんですよ。こんなに任されていたら、裏切れないって。
ああ、でもガッカリさせちゃうようだけど、初期の頃は私たちもヘロヘロだったからなあ。好意で任せているというより、任さざるをえなかったというか(^^;)。
でも、子供たち置いて、ラースと出かけてくれるようになったでしょ? あれは嬉しかったな。ここに来た当初の目標がそれだったから。子供たちを私一人で預かれるようになりたいって。それが信頼されている証拠みたいな。
うん、そういう意味では、わりと早いうちから「信頼」してましたね。最初から責任感のある人だってことは感じていたし、たしかに信頼してましたよ。
子供たちと付き合ってて、しんどいなあってことはなかったの?
それはありましたよ。「うるさい!」って切れそうになったこともあるし、なにより彼女たちの要求を分かってあげられないことに不甲斐なさを感じますね。でも、しんどくなったら部屋に入っちゃうことにしていたから。そしたら、ラースか麻紀子さんが引き継いでくれるでしょ。それで子供たちに当たることもなく、やって来られたんだと思います。
でも、朝は千夏さん一人にお任せじゃない? 私たちは夜型だから、夜中まで仕事してて朝は全然起きられなくて(^^;)。いつも朝の6時から超元気な子供たちをキッチンに連れ出してもらって、私がのこのこ起きだして来るまで一人で面倒見ててくれて。その間、しんどいってことはなかったの?
あの朝のひとときは、私にとっては「至福の時」だったんです(^^;)。まったく私のペースでお世話できるでしょ? まるで本当にこの子たちの親になったような気分で「母の気分」を味あわせてもらっていました。もうカレンちゃんとリサちゃんがめっちゃ可愛くって、ほっぺたにチュ~って吸い付いて泣かれちゃったりして(^^;)。「あ、麻紀子さん、起きちゃうかな」って焦りながら必死にあやして。
でも、子供は「かわいい」だけじゃ世話なんかやってられないってのも、よく分かりました。意味なく泣かれたら苛立つし、「もう、おねえさんが何したってのよ!」って怒鳴りたくなるようなこともありました。
それはよーく分かります(^^;)。でも、自分の子供が出来たら、もう余裕で世話できるだろうね。なんたって、2人いっぺんに世話してきたんだから、もう子育てのプロだよ。ところで、千夏さん、さんざん言ってたけど、今でも自分の子供欲しいと思う?
欲しいですよ~。いつになるか、分からないけど。
うん、いい相手見つけて、かわいい子を産んでね。双子だったりして。
はい、がんばります(^^;)。


オーストラリアの育児って、シンプルですね


オーストラリアで育児している私夫婦をみていて、日本と違うなとか、同じだなと思った点について、伺いたいんですけど。
うーん、まず、なんにつけシンプルなんですよね。日本にはいろんな育児グッズが出回っているけど、そんなもんなくたって育児は出来るんだし、そんなグッズに頼るのは、もしかして親の自己満足に過ぎないんじゃないの?って思った。お出かけ用バッグとかブランドもので揃えたり、お洋服にしてもフリフリの着せてみたり、ほとんど着せ替え人形のように扱っている親が多かったりして。
それと比較すると、ここではお洋服だってシンプルだし、お人形みたいな世話の仕方しないですよね。見た目やモノよりも情愛が先にあるんだなって感じましたね。
まあ、私がそーゆーの興味がないっていうのもあるし、オーストラリアにはそういう凝ったグッズがないってこともあるかと思うけどね。
それと、面白かったのは、ラップ。おくるみみたいに寝る時に身体をきつくまいてあげるやつ。それに、タオル地のおむつも初めてだったし。あの哺乳瓶の消毒器は重宝でしたね~。いっぺんに6本もの哺乳瓶が蒸気で消毒できちゃうという。
ああ、あれはオーストラリアだからというより、双子だから買ったんだよね。こっちでも、あんなの持っているウチはそんなにないと思う。
あと、ラースの活躍ぶりにはビックリした。私ってけっこう昔の女的なところがあるから、家のことは女の仕事って決め付けてるところがあって。最初の頃は、ラースと掃除機取り合ったりしてたんですよね。「それは女の仕事よ」っていうと「なに言ってるんだ、掃除はハードジョブなんだから、力のある男がやるべきなんだ」って言われて。今じゃすっかり慣れて、「ちょっとラース、やってくれる?」ってちゃっかり頼んじゃうけど。


国際結婚も、人それぞれですね


千夏さんは、国際結婚しているカップルのところに飛び込んできたわけだけど、イメージしてたのと違ったとか、そういうことってあった?
うーん、私はこっちに来てから、国際結婚しているカップルをいくつか見てきているんですけど、人それぞれですね~。「私なんかガイジンと暮らしてるんだから」みたいに鼻高々な人もいるし、ふつうに夫婦している人もいるし。

麻紀子さんとラース見てて思うのは、夫婦っていうよりシェアメイトみたいだなって。ほら、いわゆるガイジンの結婚生活っていうと、いつもベタベタとスイートなムード醸し出しているようなイメージがあるでしょ? ところが、麻紀子さんとこは、サラっとしていて、意外とラフで、濃くないんですよね。私とラースが出かけていっても、麻紀子さん、のーてんきに「いってらっしゃ~い」とか言ってるし。
ふーん、そう見えるんだ。実は、ラースはガイジンのご多分に漏れず、「あいらぶゆー」系のことを年がら年中口にしている人なんだけどね。私が「あっそ、それはよござんした」って日本人っぽく流しているせいかもしれないけど。
でも、やっぱり言葉は大事だなって思いますね。
うん、でも英語力がどーのという問題とは別なんだよね。サンキューとか、プリーズ、とか、そういう基本用語、いや、用語というより感謝の気持ち。そういうのを大事にしたら、人間関係うまくいくんだよね。夫婦でも同じことで。
うん、それは見習いたいなと思いましたね。


家族の一員みたいで、楽しかった


「シェア生活」という意味ではどうだった? 千夏さんは今までご家族以外の人と一緒に暮らしたことなかったでしょう? 私たち夫婦は、ここに引っ越して来る前まで、APLaCの事務所兼自宅で、たくさんのシェアメイトやお客さんと暮していたから、共同生活ってことに慣れていたんだけど。
それが結構居心地よくて。すごく楽しかったですよ。近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい距離を置いているというか。
ほんとお互い気持ちよく過ごせたみたいだね。時々「今日は飲んじゃえ!」って、子供たち早く寝かしつけて、3人してアルコールで盛り上がったりしてね。千夏さん、酔っ払うと超おもしろいから(^^;)。
あ、その話は載せないで(^^;)。
でも、楽しかったね。ほんとに家族みたいで。
よく食卓で、ラースの会社の話とか、麻紀子さんの仕事の話とか、いろんな話題がのぼったでしょう? だから、家の中にこもっていながらも、けっこう視野が広がったんです。子供のことだけにハマることなく。
そういや、夕食作りも担当してくれていたわけだけど、大変じゃなかった?
正直いって、はじめに「料理してくれる?」って言われた時はビックリしました。家では家事よく手伝っていましたから、料理そのものは出来たんだけど、私、野菜が苦手でね。もやし以外の野菜は全部食べられなかったんです。「毎日もやしでもいいかなあ」って(^^;)。
え?! きゅうりとトマトとセロリだけじゃなかったの? でも、今食べてるじゃん。
そうなんですよ、ここにいる間に制覇しちゃったんです。料理はメインに私が担当していたけど、時々麻紀子さんが作ってくれたり、ラースがデンマーク料理作ってくれたりしたでしょ? 私も新しいメニューに挑戦していたし、ベトナム料理とか、タイ料理とか、今まで知らなかった料理にも出会えたし。で、気が付いたら、けっこう食べれるようになってるんですよ、野菜。セロリなんて、麻紀子さんが作ってくれた、「イカとセロリのカキソース炒め」食べて以来、好きになっちゃったし。
そうかあ、じゃあ、ここに来ると、好き嫌いもなおるというメリットがあるということで、二代目おねえさん候補に宣伝しましょう。酒癖はなおりませんが(^^;)。


オーストラリア行きの動機は「意地」でした


ところで、千夏さん、そもそも、どうしてオーストラリアに来たの?
話せば長いんだけど、言ってみれば「意地」なのかな。勤め先で人間関係とかで行き詰まっていて、その頃はなんでもいいから辞める理由が欲しくて、それで知り合いの中国人と一緒に中国に行こうとか考えていたりして。それを理由に強引に仕事を辞めてね。

それからどうしようかなあって思っているところへ、たまたま姉の紹介で「メルボルンで仕事がある」という話が出たんですよね。だけど、その気になっていたらその話がポシャって。その原因にどうも姉が一枚かんでいるように勘違いして、姉に対して腹立て、「そんな邪魔したって、おねえちゃんに頼らなくたって、一人で行けちゃうもんね!」っていきり立ったというか。

そういや、千夏さんとお姉さんってすごく仲がよくて、千夏さんはおねえさんを尊敬しているようだし、また、おねえさんも千夏さんのこととても大事に、心配してくれてたりするんだけど、ときに敵対というか嫉妬というか、そんなフクザツな雰囲気を感じるね。私は一人っ子だから、そこらへんの姉妹関係ってよく分からないんだけど。
そうなんです。私には姉と兄がいて、末っ子なんですね。で、いつも「一番下の、一人じゃ何も出来ない、おとなしい子」という位置づけで育ってきたんです。昔から、どんどん自分の世界を自力で切り開いていける姉には憧れもある反面、上からのプレッシャーみたいなのもあって。だから、今回みたいに自分で自分のことを決めて、自分で手配して、さっさとオーストラリアまでやってきちゃうってのは、母や姉にしたら「アカンボが急に歩き出した」みたいな大きな事件だったんじゃないかと思うんですよ。まとまりかけていた「お見合い」も破談にしちゃったし。
そうやって「家族の度肝を抜いてやる!」ってのが、動機だったんだ。
う~ん、「家族からの自立」というのは、ひとつのテーマだったかもしれませんね。「私だって一人で出来るんだ」ってことを家族に対して立証したかったから。でも、本当の理由は私の潜在意識の中にあったようだから、家族のことはとりあえず原因じゃなくて、誘因だったのかもしれないです。

それで意地になって、3つもバイトしてお金稼いで、家族には内緒でパスポートやビザの申請して、航空券も自分で取って。私、これだけのことを自分一人でしたの、初めてだったんですよ。まあ、3つもバイト掛け持ちしたわりには、4ヶ月で50万足らずしか稼げなくて、オーストラリアに来た時の手持ちは30万そこそこ。それでもやっていけると思ったのは、日本にいる頃に姉から中国人家庭を紹介してもらって、そこにお世話になるってことになってたから。
あれ? また、おねえさんの紹介なんだ。
そうなんですよね。結局、姉の世話にはなりっぱなしだという。
今、振り返ってみると、私は結局「家族からの自立」と言いつつ、しっかり姉のお膳立てに乗っかろうとしていたんですよ。考えてみれば、オーストラリアを選んだのも「姉の知り合いがいるから安心」という甘い気持からだったんです。そのほうが親にしても安心だっただろうし。本当はオーストラリアだってワーホリだって、なんだって構わなかったんだけど、一番安直な道を安易に選択していったら「オーストラリアでワーホリ」になっただけのことで。
「そこに橋があるから渡っとこうか」みたいな感じだったんだ。あえて自分から橋を作ろうというのではなく。
そう、結局は受け身だったんですよ。
それにしても、家族はありがたいですね。なんだかんだいって、姉にはいつも電話でグチ聴いてもらってるし、母も気を使ってあれこれ荷物を送ってくれたりするし。
千夏さんが飛び出したことで、最初はギクシャクしたけど、より自由な、いい家族関係になったのかもしれないですね。


到着早々、波乱、そしてラウンド


ところが、オーストラリアに到着して、なんと3日目に、その中国人家庭を追い出されちゃったんですよ。原因はよく分からないんだけど、これがまた、姉のやっかみが絡んでいるんじゃないかってことで、国際電話で大ケンカして。まあ、姉妹ですから、ケンカしてもそれまでなんですけどね。
それで、中国人家庭を追い出されてから、日本人のご夫婦にお世話になっていたんだよね。
ええ、このご夫婦には「困った時の神だのみ」のようにお世話になりました。この方たちも、もともとは姉の知り合いだったりするんですけど。
そこで紹介されたブルーマウンテンのご家庭に2ヶ月ほどお世話になって。語学学校にも行きたいと思ったけどお金ないから、移民の人たちがおしゃべりする無料の会に顔を出すんだけど、もうみんなよく喋るから、全然分からないし面白くなくて。で、またここのお宅でも行き違いがあって、ひともめしたりして。もう最初の頃は波乱ばっかりでした。何度、帰国しようかと悩んだことか。

で、ブルーマウンテン滞在中に「どうせここまで来たんだから、手持ちのお金ぜんぶ使ってラウンドしちゃえ! それで帰国したってもう悔いはない!」って決心したんですね。いろんな人の話を参考にして、どうせラウンドするなら、ただバス乗り降りして移動するだけじゃなくて、もっと濃い経験をしたいと思って、それでキャンピングツアーってのに参加したんです。

AATキングスって大きなバス会社が主催するツアーで、1ヶ月でオーストラリア大陸の東側を1周するんですね。途中で乗り降りする人もいるけど、だいたい全員が1ヶ月間一緒にいるから気の合う人もできて仲良くなって。でも、参加者は全員ヨーロッパ系の人たちで、アジア人は私だけ。最初は英語もよく分からないし、ちょっといじめられたりもして、辛い思いもしたけど、結局はすごいいい思い出になりました。
千夏さんの日本を出る時の、ひとつの目的は「赤茶けた大地を見ること」だったよね。このツアーでその第一目的は達成されたわけだ。
そう、本当にすごい感動しました。エアーズロックもすごいけど、ダーウィンからアデレードに抜けるまでの間の、延々と続く赤茶けた大地はすごかった。だから、このツアーが終わって帰国しても悔いはない!って思っていたんです。
でも、なんでまた、ツアーが終わってからもシドニーに居着いちゃったわけ?
ツアーから帰ってくると、ちょうどシドニーオリンピック開催直前で、飛行機の席がもう取れなかったんですよ。おまけにオリンピックで盛り上がってるから、宿も見つからないし、シドニー脱出しようにも交通機関も満員だし。万事休す。
でも、本当は「もう少しここに居たい」って気持ちもあったんだと思う。絶対にツアー終了後に帰国するつもりなら、ツアーに出る前から飛行機予約しておけばよかったんだけど、気が変わるかもしれないから、そこらへんはあいまいにしておきたかったんですよね。

それに、ツアー中に「英語やんなきゃ」って痛感したってこともあると思う。英語は日本にいる頃、少し近所で個人レッスン受けていたけど、大して出来なくて、ツアー中にも悔しい思いもしたし。



→「その2」に続く



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